2月になった。ここ数日の慌ただしい気配を置いて、気持ちを落ち着かせたかった。オフィス街の中にあるいつもの喫茶店の土曜日の気配は特別だ。平日より気が緩んだマスターとカウンターに座って他愛もない話。同じビルの上の階に入っている会社から注文があれば、マスターがそれを届けているあいだ、私は一人になる。今日はたまごサンドとミックスジュースが届けられた。
手帳といつものノートを広げて、予定の整理と気持ちの整理。数日言葉に立ち止まることのできていない自分にがっかりした。
マスターと詩の話になって、井伏鱒二の「厄除け詩集」の中に好きな詩があるのだと見せてくれた。年期の入ったオレンジ色のカバーを開き、ページをぱらぱらとめくる。それは唐代の詩人、于武陵(うぶりょう)の「勧酒」という詩を井伏鱒二が訳した最後の一言だった。
「勧酒」 干武陵 (井伏鱒二訳)
勧酒金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
人生に別れはつきものだということ。言葉ってすごいな。同じことを言っていても、表現で印象が全然違う。1月の終わりの別れが今になって沁みた。