すべての始まりはイギリスだった

私の出身は長崎県平戸市にある生月(いきつき)という小さな島で、高校を卒業するまでの18年間をこの島で過ごした。水色の橋が掛かったのは、確か小学校3年生の時で、前より少しだけ簡単に遠くへ行けるようになった。

詩を書くようになったのは中学1年生の思春期真っ只中で、きっかけは好きだった先輩との些細な出来事や初めての感情を忘れたくなかったからだった。目が合ったこととか廊下ですれ違ったこと、朝の通学路で見かけて追いかけたこと、上履きの中に手紙が入っていたこと、先輩の靴の匂いをこっそり嗅いだこと。あの頃は溢れてくる感情に毎日忙しくて、教科書の余白にその想いを書いてばかりいた。

24歳で結婚して、ハワイで結婚式を挙げた。それが私にとって初めての海外。34歳で離婚するまでは、ハワイと台湾が私の知ってる外国だった。

きっかけは突然やってきた。
仕事でイギリスへ行けることになったのだ。イギリスの展示会をまわり、美味しいものやかわいいものを見つけてこようという、夢のような話だった。

そんな時、一番近くで応援して欲しかった人に反対された。

とっさに思ったのは
“この人と一緒にいても世界は広がらない”
ということだった。

私は離婚という道を選んだ。これまでの10年より自分の未来を信じた。

2016年9月。初めてのヨーロッパはイギリス・ロンドン。目に飛び込んでくる景色の美しさや自然の壮大さに、この国の今が私の住んでいる日本と同じ時代の中にいることを不思議に思った。ハイド・パークを歩いている時、ちょうど西陽が池や芝生や草花を照らし、そのきらきらした池を優雅に泳ぐ白鳥たちの姿を見て天国みたいだと思った。

「いつかここに住みたい」

込み上げてくる気持ちに胸が熱くなった。そして、その気持ちをハイド・パークに落としてきた。私はすっかりイギリスに恋をしてしまったのだ。

帰国の翌日、またイギリスに行く時のためにできることをしようとHelloTalkというアプリを教えてもらい、すぐに登録した。イギリス人の彼からメッセージが届いたのは、その3日後だった。

私の人生はイギリスで変わったと思う。イギリスが私を呼んでくれて、強くしてくれたと思う。

私は根っからの経験フェチだ。今まで見たことのないもの、感じたことのないもの、その国の風の匂いを嗅いで、何千年と続く異国の教会の壁に触れてみたいと思う。言葉や文化を超えて、誰かに会いたい。外の世界に出れば出るほど、自分の内側の世界を見つけることができるから。

ここ2年ほどの間に、フランス・イタリア・オランダ・ポルトガル・韓国・台湾・フィリピン・ヴェトナムへ行った。その先々で思うのは、日本人が少ないこと。実際のところはいるのだろう、けれどほとんど出逢わない。中国人や韓国人ばかりで、よく「ニーハオ」と声を掛けられる。私は少し危機感を覚えた。情報に溢れる時代の中で、携帯の画面の中には計り知れない世界が広がっていることも知っている。その反面、何が本当で何が嘘で、何が重たくて何が軽いのかさえ見失いそうになる。

もっと外に出なくちゃと思うし、もっと外に出て行って欲しいと思う。

2018年11月、会社を退職した。真夏の決心は裸で海に飛び込んだ気分だった。働き方を変えたいというより、生き方を変えたかった。40歳になったとき、どうなっていたいかを想像して。



2019年1月18日。 開業届を出した。そして、今日は2月5日。水瓶座の新月だ。

私は今、第3の人生のスタートラインに立っていると思っている。次のステージへ行くための始まりの日。忘れないために、伝えるために、このblogをはじめることにした。

これまでの引き寄せやシンクロニシティの話、旅の記憶や日々の暮らし、心に響いた映画や本のことなどを記していけたらいいなと思う。それから、月や星からどんな影響を受けて、どう行動に移し、どんな思いがけない出来事が起こったかなども。

そして、この記録がいつか誰かの教科書になれたら私はうれしい。

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